第III章 演習問題 [6]

ここでは \(\mathrm{ZF}\) から基礎の公理と冪集合の公理を除いた \(\mathrm{ZF}^{-}-\mathrm{P}\) で議論する.

まず, 集合 \(x\) の推移閉包 \(\mathrm{tr\,cl}(x)\) が \(\mathrm{ZF}^{-}-\mathrm{P}\) で定義されていたことを思いだそう. これによって \(x\in\mathbf{WF}\) すなわち “\(x\) が整礎集合である” ということを, 関係 \(\in\) が \(\mathrm{tr\,cl}(x)\) 上で整礎的であること, すなわち \[ \forall S\subset\mathrm{tr\,cl}(x)\Big(\,S\neq 0\,\rightarrow\, \exists y\in S\big(y\cap S=0\big)\,\Big) \] によって定義できる.

まず, \(\mathbf{WF}\) が推移的なクラスであること (補題2.6(a)の半分であり, 補題2.10の左矢印) を証明しよう. \(y\in x\) のときには \(\mathrm{tr\,cl}(y)\subset\mathrm{tr\,cl}(x)\) となるため, \(\mathrm{tr\,cl}(x)\) 上で \(\in\) が整礎的であるなら \(\mathrm{tr\,cl}(y)\) 上でもやはり整礎的である. したがって \(y\in x\in \mathbf{WF}\) ならば \(y\in\mathbf{WF}\) である. つまり \(\mathbf{WF}\) は推移的である. まったく同様にして, \(y\subset x\in \mathbf{WF}\) のとき \(y\in \mathbf{WF}\) となることもわかる.

次に, 集合 \(x\) について \(x\subset\mathbf{WF}\) であるなら \(x\in\mathbf{WF}\) となること (補題2.10の右矢印) を証明しよう. これには等式 \[ \mathrm{tr\,cl}(x)=x\cup\bigcup\big\{\,\mathrm{tr\,cl}(y)\,:\,y\in x\,\big\} \tag{3.5(f)} \] を用いる. (補題3.5は \(\mathrm{ZF}^--\mathrm{P}\) で証明されていることを思いだそう.) \(x\subset\mathbf{WF}\) だったとして, \(\mathrm{tr\,cl}(x)\) の空でない部分集合 \(S\) を考える. もしもある要素 \(y\in x\) について \(S\cap\mathrm{tr\,cl}(y)\neq0\) であったなら, (仮定より \(y\in\mathbf{WF}\) なので) 集合 \(S\cap\mathrm{tr\,cl}(y)\) の \(\in\)-極小要素 \(z\) がとれる. \(z\) のどの要素 \(w\in z\) も決して \(S\cap\mathrm{tr\,cl}(y)\) には属さないが, しかし \(w\in \mathrm{tr\,cl}(y)\) ではあるはずだから, \(w\notin S\) である. つまり \(z\cap S=0\) で, \(z\) は \(S\) の \(\in\)-極小要素である. もしもすべての要素 \(y\in x\) について \(S\cap\mathrm{tr\,cl}(y)=0\) であるなら, 式(3.5(f))により, まず \(S\) は \(x\) の空でない部分集合であり, さらに, どの要素 \(y\in x\) についても \(S\cap y=0\) となる. つまり, \(S\) のどの要素も \(S\) の \(\in\)-極小要素である. こうして \(\mathrm{tr\,cl}(x)\) の空でない部分集合が必ず \(\in\)-極小要素をもつ. したがって \(x\in\mathbf{WF}\) となる.

整礎集合 \(x\) の階数 \(\mathrm{rank}(x)\) を, クラス \(\mathbf{WF}\) 上の整礎的関係 \(\in\) に関する超限再帰的定義(→定理5.6)によって \[ \mathrm{rank}(x)=\sup\big\{\,\mathrm{rank}(y)+1\,:\,y\in x\,\big\} \tag{2.6(b)} \] と定義する. 本文の補題2.6ではこれは証明されるべき式だったが, ここではこちらが定義. この定義から \[ x\in y\in \mathbf{WF}\,\rightarrow\,\mathrm{rank}(x)<\mathrm{rank}(y)\tag{2.6(a)} \] はすぐにわかる.

つぎに順序数について. \(x\) が順序数なら定義により \(x\) は推移的で \(\mathrm{tr\,cl}(x)=x\) であり, \(\in\) は \(x\) を整列順序づけする. このことから \(x\in \mathbf{WF}\) がただちに導かれる. したがって \(\mathbf{ON}\subset\mathbf{WF}\) であり, すべての順序数 \(\alpha\) にその階数 \(\mathrm{rank}(\alpha)\) が対応するが, \(\alpha\) に関する超限帰納法によって \(\mathrm{rank}(\alpha)=\alpha\) となることがわかる.

いろいろの集合論的操作について. 上で証明された補題2.10 \[ \forall x\big(\,x\subset\mathbf{WF}\,\leftrightarrow\,x\in\mathbf{WF}\,\big) \tag{2.10} \] から, \(\mathbf{WF}\) がおよそあらゆる集合論的操作のもとで閉じていることがわかる. たとえば, \(x\in \mathbf{WF}\) なら, \(x\subset \mathbf{WF}\). したがってすべての要素 \(y\in x\) が \(\mathbf{WF}\) に属し, ふたたび(2.10)によって \(y\subset\mathbf{WF}\) となる. すべての要素 \(y\in x\) が \(\mathbf{WF}\) の部分集合であるから, それらの合併 \(\bigcup x\) も \(\mathbf{WF}\) の部分集合であり, (2.10)により \(\bigcup x\in\mathbf{WF}\) となる. また \(x\in\mathbf{WF}\) のとき \(\{x\}\in\mathbf{WF}\) となることも(2.10)からすぐにわかる. 同様にして, \(x\) と \(y\) がともに整礎集合のとき, \(\{x,y\}\) も整礎集合である. このことからただちに, \(\langle x,y\rangle\) も \(x\cup y\) も整礎集合とわかる. 直積 \(x\times y\) は置換公理を用いて(訳本p.17, 原著p.13で)定義される. \(x\times y\) の要素は \(x\) の要素 \(s\) と \(y\) の要素 \(t\) の順序対 \(\langle s,t\rangle\) である. \(x,y\in \mathbf{WF}\) なら \(s,t\in\mathbf{WF}\) であり, そこから \(\langle s,t\rangle\in\mathbf{WF}\) がわかるから, \(x\times y\subset\mathbf{WF}\) となり \(x\times y\in \mathbf{WF}\) となる. なお, 本文中で触れられた集合論的操作のうち冪集合 \(\mathcal{P}(x)\) と関数の全体 \({}^yx\) は冪集合の公理に依存するため, \(\mathrm{ZF}^--\mathrm{P}\) でその(集合としての)存在を証明することはできない.

同値関係による商集合と \(\mathbb{Z}\) と \(\mathbb{Q}\) について. 集合 \(A\) 上の同値関係 \(E\) による商集合 \(A/E\) を考えよう. \(A/E\) の要素は \(A\) のなんらかの要素 \(a\in A\) の \(E\)-同値類 \[ E_a = \{\,x\in A\,:\,xEa\,\} \] である. この \(E_a\) は内包性公理により集合として確定するから, すべての \(a\) にわたってそれらを集めてできる商集合 \(A/E\) も, 置換公理により \(\mathrm{ZF}^--\mathrm{P}\) でその存在が確立される. ここで, もしも \(A\in\mathbf{WF}\) であったなら, その部分集合である各同値類 \(E_a\) もまた \(\mathbf{WF}\) に属し, それらの全体である商集合 \(A/E\) は \(\mathbf{WF}\) の部分集合になる. このとき, 補題2.10によって \(A/E\in\mathbf{WF}\) となる. このように, \(\mathbf{WF}\) は同値関係による商集合をつくる操作のもとで閉じているので, 自然数全体の集合 \(\omega\) から整数全体の集合 \(\mathbb{Z}\) を普通どおり順序対の同値類の全体としてつくり, さらに有理数全体の集合 \(\mathbb{Q}\) を分数の全体としてつくれば, やはり \(\mathbb{Z},\mathbb{Q}\in\mathbf{WF}\) となることがわかる. いっぽう, 実数全体の集合 \(\mathbb{R}\) の存在証明は冪集合の公理に依存しているので \(\mathrm{ZF}^--\mathrm{P}\) でその(集合としての)存在を証明することはできない.

補題2.14に対応する結果として, 集合として整列可能な群や位相空間はその基体となる集合として順序数をもちいることにより, その同型なコピーを \(\mathbf{WF}\) に作ることができる. このことも冪集合の公理を用いることなくに証明できる.

以上で, 第2節のうち冪集合の公理に依存しない部分の \(\mathrm{ZF}^--\mathrm{P}\) からの証明ができた. \(R(\alpha)\) は冪集合をとる操作のくりかえしで定義されるのだから, \(\mathrm{ZF}^--\mathrm{P}\) でその存在を証明することはできないが, それでも階数は定義されているのだから, \[ \mathbf{R}(\alpha)=\big\{\,x\in\mathbf{WF}\,:\,\mathrm{rank}(x) < \alpha\,\big\} \] によって, クラスとしての \(\mathbf{R}(\alpha)\) を定義することはでき, 各 \(\mathbf{R}(\alpha)\) が推移的クラスであることや, 集合 \(x\) について \(x\in \mathbf{R}(\alpha+1)\) と \(x\subset\mathbf{R}(\alpha)\) が同値であることや, \[ \mathbf{WF}=\bigcup_{\alpha\in\mathbf{ON}}\mathbf{R}(\alpha) \] といった関係を示すこともできる. しかしながら, \(\alpha > \omega\) のとき \(\mathbf{R}(\alpha)\) が集合であることは冪集合の公理なしで証明することはできない. いっぽう, 演習問題[5]から予想されるとおり, 自然数 \(n\) に対する \(R(n)\) とその和集合 \(R(\omega)\) は \(\mathrm{ZF}^--\mathrm{P}\) でも集合として存在し, \(R(n)\) が有限集合, \(R(\omega)\) が可算無限集合であることが証明できる.

以上のように \(\mathbf{WF}\) を定義したばあい, 定理4.1の(a)〜(c)が同値であることはまったく明らかである. 最後に, 補題5.10を考える. クラス \(\mathbf{A}\) 上に整礎的かつ集合状の関係 \(\mathbf{R}\) が与えられていたとしよう. モストフスキ収縮関数 \(\mathbf{G}\) は \(\mathbf{R}\) に関する超限再帰によって \[ \mathbf{G}(x)=\big\{\,\mathbf{G}(y)\,:\,y\in\mathbf{A}\land y\mathbf{R}x\,\big\} \tag{M} \] と定義される. かりに \(\mathbf{G}(x)\notin\mathbf{WF}\) となるような \(x\in\mathbf{A}\) が存在したとして, それらのうち \(\mathbf{R}\)-極小なものを考えると, 式(M)の右辺は(置換公理により) \(\mathbf{WF}\) の部分集合となるから, 補題2.10により \(\mathbf{G}(x)\in\mathbf{WF}\) となり矛盾する. また, 階数を再帰的に求める式 \[ \mathrm{rank}(\mathbf{G}(x))=\sup\big\{\, \mathrm{rank}(\mathbf{G}(y))+1\,:\,y\in\mathbf{A}\land y\mathbf{R}x \,\big\} \] は, 定義5.7の再帰的定義と完全に一致するから, 再帰的に定義される関数の一意性により, すべての \(x\in\mathbf{A}\) について \[ \mathrm{rank}(\mathbf{G}(x))=\mathrm{rank}(x,\mathbf{A},\mathbf{R}) \] が成立する. 本文の補題5.10で(c)と(d)が \(\mathrm{ZF}^-\) で証明されるものと記されていたのは, そもそも \(\mathbf{WF}\) と階数の定義が冪集合の公理に依存していたからにすぎない.

 

解答者: 藤田 博司 (公開日: 2011年6月6日)

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