ぼくは吹奏楽コンクールがきらいだ。ここ何年かで、本当にきらいになってしまった。もちろん、生徒は毎年メンバーが入れ替わるから、それが最後の子らのために、一生懸命練習する。全力で練習にうちこんだ結果の演奏は本当に納得のいくものだ。演奏を終えた子どもらの顔を見れば、しんどかったことなんか忘れて、がんばってよかった、と思う。子どもに真剣に音楽に取り組ませる経験をさせるためには、コンクールへの参加は非常にいい。だから、そんな不謹慎なこといわずに、やっぱり来年もちゃんと課題曲の楽譜を買って、吹奏楽コンクールに出してもらわねばならない。
フィギュアスケートの音楽、切ったりつないだり、もとにもどったり、ええとこばかりくりかえしたり、やり放題だ。あたりまえだ。スケート競技のためのBGMなんだから。氷の上をすべる技術の完成度の高さを見せるのが目的で、音楽なんかそのための道具でいい。部活動としての吹奏楽の完成度の高さを見せるのが目的で、自由曲なんかそのための道具でいいのだ。ちなみに、わちゃわちゃで始まって、いったん静かになって泣かせるメロディがでて、盛り上がってじゃあん!で終わるのはよしもと新喜劇。ソナタ形式よりも複雑である。課題曲のほうは、「今年の課題曲の中で、バンドがよく鳴って、音楽がつくりやすいのは III だ!」なんて言われる。そんなものが決まっているとすれば、最初から課題曲が4択である必要はない。なんで50人もの音楽の好きな子どもを集めて毎年毎年、吹奏楽連盟の出すなぞなぞに本気になって取り組まにゃいかんのだ。
金管楽器全員が、フォルテシモで自分の理想について高らかに宣言したあと、一瞬の沈黙があって、あっという間にピアニッシモで弦楽器のあきらめたようなコラールに変わる。1分もたたんうちに3回も転調してよろよろと最初の変ホ長調にたどり着くさまは、指揮をしていても本当にイタい。こういうのをやらせたら松山ウィンドはピカイチだ(なんで?)。そんなピアニッシモを表現するためには、できてないといけない技術や人生経験が山のようにあって、ウィンドの人らが全身全霊を込めて表現してもステージでそれが伝わるかどうかわからない、真剣勝負の音楽なのだ。こういう練習をした日には、ブルックナーという人はだいぶん前に死んだ外国の人だけど、なんかよく知ってる人みたいに思えてくる。実際は気が弱くて躁鬱で、人の意見をすごく気にしてヘーコラヘーコラして、そのくせ毎晩ビアホールに出かけてはバカみたいにビールを飲み、唐揚げの油でべとべとの手でとなりの人のシャツをつかんではわあわあ騒いだらしいよ。なんだ、そのものじゃないか。
ということで、プロコフィエフのミュージカル「炎の天使セレクション」なんて、だれか編曲しないかなあ。
大久保健二(平成18年10月 松山ウィンドオーケストラ指揮者)
© 2006, Matsuyama Wind Orchestra, Kenji Okubo, and Hiroshi Fujita