交響曲第4番「ロマンティック」 (A.ブルックナー作曲)
編曲者・指揮者による解説:第4回

〜なんすか、その司法書士みたいな吹き方〜

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この曲を練習していて不思議なこと。まず、「落ちる人が少ない」。たいがい曲を合わせはじめの頃は、その曲を覚えているわけではないので、入るところが分からなかったり、テンポや拍子が変わってついていけなかったりする。そういうのを音楽用語で「落ちる」という。ぼくがウィンドでやろうとする曲は、まずウィンドのみんなが知らない曲である。最初の数ヶ月は、落ちる人も計算に入れて練習しなければならない。ショスタコーヴィチの交響曲なんかやったときは、本番まで落ちそうだった。何回練習しても入るとこがどんぴしゃで覚えられんし、指揮者ももちろん覚えられんし、とにかく指折り数えて思い切って音を出すしかなく、その気の抜けないこと自体が演奏の緊迫感を高めるという、おそろしい曲だった。ブルックナーは楽勝。だってフレーズがほとんど4小節ごとだもん。さらに、出るとこがだいたいみんないっしょで、だからCDで聴いてると眠くなるのだ。

それから、「金管が文句言わない」。まえにベートーベンの交響曲第7番をやったときは、「しんどい」「音が高い」「休めない」「めだたない」とか、いろいろ言われた。・・・・言われたなあ。今回のブルックナーの楽譜はじつはだいぶん昔のアレンジである。音色の混ぜ合わせ方や、オクターブのメロディの楽器の振り分け方などに多少の不満がある。でも、よく分からないなりに(今でもよく分かってないのだ)手書きで必死に写し取った楽譜なので、金管楽器の配置はほぼ原曲どおりだ。ホルンの足りないパートをときどき別の楽器にやってもらってるぐらいで、結局ブルックナーの楽譜どおりということになる。そりゃあ多少しんどくても、吹いていて気持ちいいかも。

あと、「みんなニュアンスをつかむのがみょうに早い」。ぼくはウィンドの指揮をもう10年もやってるが、最近は何も言わなくても、指揮だけで伝わる奏者も多くなった。たとえばチューバのじん君は非常に優秀な奏者で、この10年間でチューバに文句言ったことはほとんどない。なので、みんなが譜読みの段階で彼だけヒマそうにしてるときなんか、たまに表情と手だけで演奏中にニュアンスを合図したりする。「みじかく」「響かせ」「追い立てろ」そんなときには楽器吹きながら眉毛だけ動かして「あいや、わかった」と合図を返してくれる。しかし、なかには言葉を使ってもむちゃくちゃな要求もある。「その金管のコラールは、せつなく秋のようなフォルテシモ」「そこのホルンは孤高のホルン。がけの上でひとり」「そこのシンバルは歌え」「お互いのキズをなめあうように」「なんすか、その司法書士みたいな吹き方」「物理の実験でやったでしょう」など、ひどいものばかりだ。だが、うちの団員は気持ち悪いほどよくそのニュアンスを読み取ってくれる。「そこはまかしたあっ!」のつもりで拍を振らずにかっこよく両手を差し出したら、ぴたっと演奏が止まってしまったことが2回もあった。ほんと、気持ち悪いっすよ。

大久保健二(平成18年11月 松山ウィンドオーケストラ指揮者)