
「神話」。なつかしいなあ。ぼくが高校3年生のときの自由曲だ。吹奏楽の人はみんな、自分の青春時代の究極の1曲というのを持っているが、たとえば、クラリネットの中嶋さんはマクベス作曲「カディッシュ」。今はもうどこも挑戦しない、内容的にも技術的にも非常に難しい、きつい曲。管理人のテナサクひげなし先生はオリバドーティ作曲「ポンセ・デ・レオン」。選曲会議のたびに名前があがるが、だれも相手にしないので本人もそろそろ忘れている。 [管理人注:これは大久保の誤解。テナサクひげなしの本当の究極の1曲は、藤田玄播作曲『若人の心』です] 代表のタチバナさんはおそらく「天使ミカエルの嘆き」。もともとストライクゾーンの広い人なので、この曲かどうかは推論の域を出ないが。うちのカミサンはホルスト作曲「木星」。たいがい自分が一回やった曲は「もうええ」というカミサンだが、木星だけは「まあ吹いてやってもいい」と最高の賛辞を。
じつはその前年に埼玉の川口高校という学校が、神話の最初で最後の超名演奏を残している。ぼくらはそれを聴いて神話にとびついたのだ。その川口高校の演奏というのは、とても一言ではいいあらわせないが、とにかく変態的である。テンポ、強弱、バランス、オーケストレイションまでも楽譜を完全無視し、でも完璧に「興行」としての神話演奏を、吹奏楽でもって200%表現しきったのだ。本当にすごい演奏だった。そのパワーとひらめきに圧倒された。これにくらべたら、「教科書」として名高い大阪市音の録音なんか給食のコッペパンだ。当時川口高校の指揮をされていた変態名匠「信国先生」の名前は、20年たった今でも忘れることはない。自作自演を全国大会で2回もやった人なんて、この人だけだ。だれだ2回目を銀賞にしたバカ者は。カップヌードル同士が味のゴージャス具合を競い合っている今の吹奏楽コンクールで同じことをしようとしても、もう無理である。伝説なのだ。不思議と、あれほどの名演奏ながら復刻盤が全く出回ってない。なので以下の文章は全て、高校時代に聴いた録音の記憶である。それほど強烈だったのである。
変態解釈<その1>。ニワトリの鳴き声がはやすぎ(本当の本当はニワトリではない)。楽譜では「ア・テンポ」となっているので、冒頭のテンポにもどって遅くなるはずだが、完全にスコアを無視。でも、本物のニワトリは絶対にこう鳴く。世の中が突然真っ暗になった後で、踊るためのかがり火を焚いたところで夜明けとまちがえてつい鳴いてしまった、不安の象徴としての鳴き声。グロテスクで人間くさい、日本神話の世界。のんびりやってられるか。
変態解釈<その2>。クレシェンドとともに勝手にアッチェレランドする。指定もないのに突然テンポが2倍ぐらいまではね上がる。でも、本当は当たり前。人間は、びっくりしたり緊張が高まったりした時に心臓が早くなるのが当たり前。それを帰納法で表現しただけ。曲を知ってる客は心臓が止まりそうになる。だが、聴いてる客の心臓が早くならない演奏なんて、正直おもしろいか?
大久保健二(平成19年4月 松山ウィンドオーケストラ指揮者)
© 2006, Matsuyama Wind Orchestra, Kenji Okubo, and Hiroshi Fujita