ああ!フォーレのレクイエム その2

松山ウィンドオーケストラ 大久保健二

二人の天使

前にも書いたが、ベートーベンの劇音楽「エグモント」への序曲は、強烈なユニゾンF音のフォルテの伸ばしで始まる。こういうベタな始まり方は、出だしからいきなりケンカを売ってくるようなもんだ。よっぽどその後の展開に自信がある証拠である。「なにか得体の知れない圧倒的な力を持った、威圧的な開始音」とかなんとか書いたおぼえがある。フォーレのレクイエムも、ユニゾンのフォルテの伸ばしで始まる。同じようだが、実は意味合いがまったくちがう。その後の展開がまるっきりちがう。

「エグモント」は、最低ラインに押さえつけられた開始のF音から、力を込めて立ち上がるようにハーモニーが力強く上昇していき、途中すったもんだをくりかえしながら最後の勝利のF-durに昇華する。つまり、最初のユニゾンF音いっぱつに、その後の音楽を展開させていくに十分な量の「負のエネルギー」がすべて含まれているのだ。そのように演奏する必要がある。それに対してフォーレのほうは、逆にD音の開始音からだんだんメロディーラインが下がっていく。そしてすったもんだをくりかえしながら、キリエの最後で沼の底のような場所にd-mollが沈んでいく。おなじユニゾンフォルテによる開始だが、続きがぜんぜんちがうのだ。

ところでこのD音というのは、すべての弦楽器の開放弦にあたる。オケでやるときの細かいテクニックは分からないが、もしこのユニゾンを開放弦で演奏したら、ヴィブラートがかからない。一度音を出したら音程の修正がきかないのでぴちぴちにチューニングしておく必要がある。プロの方はともかく、われわれは気分的にコワい。その結果、表情のない、まっすぐで緊張感のある音が出る。しいて言えばオルガンに似ているが、肝心なのはその冷たい伸ばしの音のうえに乗ってくる次の音楽である。それは「Re-qui-em ae-ter-nam」で歌い出される人の声。伴奏に反して上昇する。1曲目は、オルガンの冷たい伴奏と、あたたかい人の声との対立によってできているのだ。これを管楽器だけでやってしまおう。

ぼくが最初にこの曲を聴いたのはFMラジオである。どっかの大学の合唱団がオルガンだけの伴奏でやっていた。速めのテンポで、非常に透明な美しい演奏だった。オルガンは自然なデクレッシェンドができないので、ストップ音を少しずつ減らしながら不器用に音量を変化させていたのが、また味わいがあった。この演奏に感動したのでさっそくクリュイタンス/パリ管のCDを買って聴いたら、あまりにちがうのでびっくりした。