松山ウィンドオーケストラ 大久保健二

ぼくは第2楽章がけっこう好きだ。とくに、アルトとテノールだけの、あの部分。伴奏はなく、2つのメロディがきっかり2拍分ずれて、追いかけるところだ。メロディはまったくいっしょで、キイが長3度ちがう。なんともいえない、ひんやりとした冷たい空気を感じる、非常に静かな音楽だ。石づくりの教会の中で聞こえるようで、うつくしい。
合唱の曲を吹奏楽にいくつもアレンジした結果、何年か前に気がついたことがある。ハーモニーの決めの部分で、なぜかテノールに第3音を歌わせる例が多い。アルトとテノールは時々音域を入れ替わって、すこうしだけ低く取ればぴったりと合って聞こえる第3音を、テノールが担当している。最初は、なんでモーツァルトはこんな変なことしとんかいねえ?ぐらいにしか思わなかったが、バッハもフォーレも、学校で使う子ども用の合唱曲でさえもそうなっていた。なぜなのか?
テノールの高音域は、普通に歌うと自然に低くなってしまう。強く歌ったら思い切りぶら下がるので、注意が必要なのだ。しかし、逆にそこに第3音をあてはめれば、自然にハーモニーが合うということになる。たしかに、バッハ合唱団でモーツァルトのレクイエムを歌ったときは、ぶら下がることをあまり気にせず、気持ちよく歌えたおぼえがある。これが分かったときにはちょっとうれしかったが、そこまで考えて管楽器アレンジせないかんのか!という大変さをも感じた。おそらく合唱のハタケの人なら常識的なことなのだろうけど。
第2楽章のアルトとテノールのところ。ある場所でいっしゅん、アルトとテノールの音域が入れ替わるところがある。同じメロディの追いかけあいなので、偶然っぽい。偶然っぽく聞こえるが、絶対に偶然でこんなになったりしないよな。CDで聴く限り、まったく入れ替わったことが分からない。楽譜を見てはじめて、「何でフォーレはこんなことしとんの?」と思う。ほかの曲の同じような例。チャイコの悲愴、第2楽章のホルンの伴奏。ショスタコの9番、第5楽章のクラリネットの伴奏。ともに、上下パートが1拍ずつ入れ替わって「リズミカルだが、なめらかなタンギング」を感じる。
で、実際のところフォーレのほうは分かりません。これが分かっていたら、ほかにもっといいアレンジのしようがあったかもしれない。もいっかい全曲やるときに考えます。