編曲者・指揮者による解説『マエストロへの道』(第1回)
ショスタコーヴィチ作曲 交響曲第7番「レニングラード」
その1
松山ウィンドオーケストラ指揮者 大久保健二
私は牛丼が好きである。カレーライス、ラーメン、うどん、これも大好き。日本人はこういうのが好きかも。だいたい、われわれ金のない庶民層は、ぱっと出てきて、がっと食えて、ざっと払えるシステムの料理が好きだ。おわんは一個で十分だ。やっぱり「交響曲」ってほら、どうせ舶来のモンだから、われわれの口には合わないのかも。最初はスープで、次にサラダ、魚、肉、デザート、コーヒーなんてまどろっこしくて。音楽の授業でも習ったでしょう。ハイドンが作りました。管弦楽で演奏されます。ふつうは4楽章あります。途中で拍手をしちゃあいけません。第1楽章はソナタ形式です。なあにがソナタ形式だ。アナタじゃあるまいし。だいたい、拍手っちゅうのは気に入ったからやるもんであって、どこで叩くな、ここで叩け、とか決められてるの、おかしいやん。こんなの、演奏会に出かけてまで聴くの、しんどい?
その昔、貴族のパーティーは音楽で始まった。「あっちの広間で音楽が鳴り出した。あっもう行かなくちゃ。じゃあまたあとでね」ってな感じかな。本ベルとかないし。だから音楽の始まりの音はデカくないといけない。そうだ、全員で吹くのがいい。でも、いろんな楽器がある。2個しかないティンパニや、倍音しか出ないラッパも総動員して全員で吹ける音っていったら、その曲のキイの「ド」の音か、「ドミソ」しかない。弦楽器が開放になるニ長調なんか、チューニングもできて一番いい。だから、昔の交響曲の始まりは威勢がいい。ちゅうか、どろどろ始まるパーティーはいやだ。でもずっと威勢がいいと聴くほうは疲れるから、まったく反対のやさしい感じのメロディを続けて持ってくることにした。どうせだから、この二つのメロディを男性と女性に見立てて、ちょっとした恋物語のような展開を見せてやる。男性がしつこく女性にせまるとか、逆に気持ちがどんどん離れていったり、急に冷たくなったり、女性のひとことで怒ったり泣いたりする。しばらくやって、いろいろあったけどオレはオレだ、やっぱりがんばるぜ!と最初の威勢のよさが再現される。昔のお客さんはわかってて、ここで演奏中に拍手したりしたらしい。だから、作曲者が本当は最初のキイに戻ってないのに、戻ったようにだますこともある。そんなとき、お客さんは、「しまったやられた!」とさらに拍手喝采。指揮している最中で作曲者も後ろを向いて「してやったり」とにこり。しかしこれは、日本とは全く異なる文化を持った、時代も人間も遠く離れた外国での話。こんなこと今の日本でもとめても、まったくのゲージュツ気取り空気の読めないオタッキーかんちがい野郎以外の何者でもない。
私は映画を見るのも好きです。マニアじゃないんですが。おもしろい映画はどんどん引き込まれて、あっという間に2時間、3時間がすぎる。でも、見終わった後、いつも同じことを思います。うちの演奏会も入場料を取るけど、果たして映画ほどこんなに魅力があるだろうか?たった1時間半ぐらいの演奏会なのに、めんどい説明をだらだらプログラムに載せて、司会を入れたり、休憩を入れたり、出たり入ったりして時間を稼ぎ、押しつけがましくアンコールまでして、それでもつまらん演奏会。座りっぱなしの3時間の映画に負けるのって悔しい。おもしろい演奏会にするための方法が何かあるはずだ、われわれは何かかんちがいをしてきたはずだ・・・・。
開演時間7:00といったら、いつもは仕事から帰ってパンツ一丁になって、枝豆をつまみながらビールを飲んで、ぼうっと野球を見ている時間。でも演奏会の日はちがう。友だちにむりやり売りつけられたチケットを握りしめて、早めに飯を食って彼女と待ち合わせして急いでコミセンにかけこみ、ふうふう言いながらビールも飲まずに開演を待って、行儀よくちょこんと座っているお客さんに、せめて野球よりおもしろいものを聴かせてやりたい!
胸のすくような打楽器のシャープな響き!
ホールいっぱいに響き渡る、金管楽器のパワフルなハーモニー!
一度聴いてももう思い出せない、木管楽器のこの世のものではないサウンド!
何万人もの人間が死の淵へと向かう、永遠に続くぞっとするような行進曲!
なんで涙が出るのかだれにもわからない、雪におおわれたロシアの大地コラール!
いいところがありすぎて、そう何回も拍手があるとお客さんが疲れるだろうから、全部が終わって1回でいいです!大きな拍手ください!いや、大きな拍手がもらえるように、がんばらんと。練習もいっぱいしないと。お客さんもいっぱい呼ばないと。
「レニングラード交響曲」は貴族の社交パーティーのための開始音楽でも、クラシック通をうならせるためのゲージュツでもない。それ一本で1時間だけ、演奏する者とお客さんを楽しませるための「出し物」である。そのたった1時間で「よかった!おもしろかった!感動した!」という知り合いの、または見知らぬ人からの言葉を聞きたいがために、私は何百時間もかけて練習する。実はほかに理由はないのだ。そうそう、いきなり「レニングラード」じゃあ刺激が強すぎるから、徐々にテンションを上げるために、最初に「アルメニアンダンス Part I」なんかどうかな・・・・。そんならあいだに持ってくるのは何がええやろか・・・・。
(平成15年5月)
Copyright (c) 2003 by Kenji Okubo and Matsuyama Wind Orchestra