編曲者・指揮者による解説『マエストロへの道』(第2回)

ショスタコーヴィチ作曲 交響曲第7番「レニングラード」
その2
松山ウィンドオーケストラ指揮者 大久保健二
あのスネア。「てけてけてん。てけてけてん。てけてけてんったらてけてけてん。」あのメロディ。「ちゃん。ちゃん。ちゃ、ちゃんちゃん。」これ、ソ連での初演当時の評や、本人が言ったかどうだか分からない弁によると、敵の侵入を表しているらしい。遠くからだんだんレニングラードにせまってきて、暴れて、暴れて、っていうのを。「独ソ戦の真っ最中に作曲されたこの交響曲の第1楽章は迫り来るドイツ軍の凶暴さと残忍さをよくあらわしておりまさにその書法はラベルのボレロを髣髴とさせソビエト軍の正義の抵抗を」ドイツ軍?どう考えても、そりゃないやろ!そんならなにか?ヒトラー率いるドイツ第三帝国軍は全員、ウサギやネズミやアヒルのぬいぐるみに身を固めて、ピンク色の戦車にのって手をふりながらにこにこにこにこ、愛想をふりまきながら少しずつ戦闘したのか。かっかわいい、かわいすぎるぞ、ドイツ軍!というか作曲者、こんなことでいいのか?
はじめまして、わたくし大久保と申します。いて座の32歳、ぴちぴちのおじさんですう。ウィンドの皆さん、よろしくね。ぼく、いっしょうけんめいやります。じゃあ、アタマください。さん、はい。ああ、いいですね。皆さんすごくお上手。あっちょっと、トロンボーンの出がおくれましたよ。いいですよ。さあ、ぼくもちゃんとふりますから、指揮見ててくださいね。ちょっと、タイコも注意してね。そろうまでやるよ。きみ、指揮見てくれてる?なに、わからん?そりゃあんた今、よそ見しとったやろ。調子悪いの?いいよ出ても。もう戻ってこんてもいいよ。ラッパ、そこいつも低いんやけど。いっつもいっつも低いんやけど。いっつもいっつもいっつも低いんやけど。わかっとる?わかっとんならやれや。こら、そこ、しゃべっとらんでオレの話を聞け!なに、楽譜が間違っとる?あっそう、オレのせいやな。オレが悪いんで、楽譜がボロいからできんのか。もうええ、出てけ!わしのゆうこと聞けんやつはみんな、退団じゃ!やめろ!あらら、みんな出ていくぞ。しまった、言い過ぎたか。でももう戻れないよう、やめろやめろ!止まらないよう、だれか何とかして!やめろ!わしをだれやと思とんじゃ!あああ、もうウィンドも終わりや、がけっぷちや、でも、あやまらんぞ!落ちるうううう!わしのゆうこと聞かんやつはやめろ!いや、つぶれるんはいやああああ!助けてえ!
ウィンドにもいつかこんな日が来るとしますよ。
昔、レミングスというゲームがあった。人間が、画面のはしっこから何十人も何百人も、ざっざっざっざっと行進しながら並んで出てくる。その動きは止まることがない。レミングスがぞろぞろ歩いていく先にある障害物や、海や崖をなんとかしながら、そいつらを無事にゴールまで導く、というゲームだった。あの、一度聴いたら忘れられない単純明快なメロディと、ベルトコンベアーのようなリズムのくり返しは、正直いってしつこい。主人公はずうっと同じ人間であることをわれわれにむりやり理解させるための、ショスタコの乱暴な力技。だから伴奏や和音、対旋律やオーケストレイションの変化の仕方は、ボレロの100倍はおもしろい。どこにでもいる普通の良識ある人間たちが、普通に働き暮らしながら、普通に戦争に突入していって、普通に狂いながら、普通に地獄に向かっていくのを、見事に表現している。転調して、自分たちの狂気に気がついたときにはもう行進は止まらず、ただ叫び声をあげながら覚悟を決めて終末になだれこむのみ。まさにレミングス。ドイツ軍よりこっちの方がそうとう、おそろしいんじゃないかなあ。今の世もね。
ぼくは、そういうことを考えながら練習をするのが好きだ。ヤナーチェクの歌劇「死者の家から」の抜粋を吹奏楽で演奏したことがある。ドストエフスキーの小説に基づくロシアのひと昔前の話だ。囚人たちが仲間のいたずらに笑い転げて「っはっはっは!っはっはっは!」、同時に足についた鎖が「じゃららん、じゃららん」、笑い声と鎖には微妙な音符上のずれがあり、楽譜どおりに演奏するとなんとも絶妙なずれぐあいで、リアルで緊張感がある。また、小説に登場する囚人たちはみな、ぶっきらぼうな言葉づかいをする。文章が短く、もって回った言い方はせず、端的で汚い。だからこの曲のメロディはみな、どこか寸足らずでくり返しが多くあつかましくて、そして生命感にあふれている。しかし、これらをよく知らずにやれば「リズムが乱れている」「フレーズ感がない」としか聴こえないだろう。大栗裕の「吹奏楽のための神話」という曲には、ニワトリが鳴く声や、肌もあらわな服を着て女の神様が大きな桶の上ではだしで踊る音(だからこのタイコは手でたたく)や、くるくる回って落ちそうになっていっせいに「やれやれー!」と歓声をあげる場面などがあるし、プロコフィエフの「ロミオとジュリエット」では、剣で宿敵を刺したときの「ぶすっ」っていうすごくいやな音のするところがある。でも、そう表現できなければ0点だ。平均点はない。
余談だが、「死者の家から」を演奏するために、普段いっさいしたことなんかない読書をした。監獄の昼食で、囚人がお互いにわいわい言いながらすごく貧相なスープを飲む場面だったが、その日の給食でなんかの豆が入ったスープが出て、スプーンにすくったまましばし時を忘れて子どもらを見つめてしまったおぼえがある。
(平成15年6月)
Copyright (c) 2003 by Kenji Okubo and Matsuyama Wind Orchestra