編曲者・指揮者による解説『マエストロへの道』(第3回)

エルミタージュ宮

ショスタコーヴィチ作曲 交響曲第7番「レニングラード」

その3

〜なんで涙が出たのか?今でもわからんのだ!〜

松山ウィンドオーケストラ指揮者 大久保健二

大学時代に岡山にロストロポーヴィチが来た。そのころ岡山大学のオケで吹いていた弟に頼んでチケットを買ってもらって、いっしょに聴きにいった。ショスタコのチェロ協奏曲を2曲とも初演した人間がそこにいてチェロを弾いている!と思っただけでも、感動してしまう。あわよくばチェロソナタでもアンコールでやってくれんかなあ、と期待しながら。一曲目。バッハの組曲をすらすら弾いていくが、メヌエットの音型で一ヶ所ちがうところがある。あっまちがえたのかな?ロストロでもミスってあるのかな?と思っていたら、くり返しでやっぱり同じように弾き、今度はまちがいじゃないのをことさら強調するように弾いた。実はそのあとの曲はほとんどおぼえていない。グリーグのソナタかなんかがメインだったが、ぼくがアホだったせいもあるが、まったく心に残っていない。アンコールで本当にショスタコのチェロソナタのスケルツォをするまでは。

このスケルツォはショスタコ若かりしころの秀作で、ものすごく速い短調の3拍子の伴奏形をチェロがくり返し、その上にガイコツが踊るような、骨だけでできたようなやせたメロディをピアノがたたく。ロストロには、若いころ一回だけ作曲者のピアノでこの曲を録音しており、生涯この曲はもう録音しない、といってはばからないほどの名演がある。曲そのものはそんなに悲しいという感じではない。むしろ、人をおちょくっているかのような、いたずら小僧パワーあふれる、わくわくするような楽しい曲だ。しかし、これをロストロは妙に真剣に弾いた。アンコールに最適な気の利いた小品ではなく、まるで弔辞かなんかを読むように悲しげな音を出した。ロストロは身長が低いわりにはチェロのエンドピンが長くて、上のほうを少し仰ぎ見るようにして演奏する。ショスタコが死んで何十年もたつのに、この人はこの曲を演奏する時は、本人と演奏しているかのようにやるのだ。

みんな拍手拍手!グリーグはもうとっくに忘れたし。もう一曲やってくれるらしい。でも、こんなショスタコのソナタのあとに何をもってきても・・・っていう感じはしていた。あとで知ったことだが、アンコールの2曲目はヘンデルかなんかのまったく何の変哲もない、ゆっくりした普通の長調のアリアだった。

合奏中に、ときどき生徒にこのことを話してやることがある。このアンコールの2曲目、ヘンデルのアリアでなんで涙が出たのか、今でもわからんのだ。周りを見ると他の人も泣いている。女の人なんかぐしゅぐしゅいいながらハンカチで顔を拭いている。知識とプライドでサビついた頭を経由せずに、からだが先に反応したような感じ。くり返すが、なんで涙が出たのか、今でも、自分でもわからんのだ。これがわかるまでオレは音楽をし続ける、こんなことがあったから、オレは音楽には神様がいると信じている、だから、だれやらチャンが悪口を言っただの言わんだのと、つまらんことでもめるのはやめて、音楽に集中しなさい、いっしょうけんめい練習しないと、音楽の神様に見捨てられるよ!という使い方をさせてもらっている。

「レニングラード」の第3楽章の冒頭は、びっくりするほど美しい、木管楽器とホルン、ハープだけのコラールで始まる。ロシアの雪におおわれた真っ白な大地を想像させるような、冷たくきびしい、びんぼうくさい響きだ。古今東西どこを探してもこんな種類の音楽は他にない。強烈で独特なフレーズ。いっぺん聴いたら忘れられない。ショスタコには他にもこういうのが多い。交響曲第5番のラルゴ、バイオリン協奏曲第1番のパッサカリアもそうだ。しかし問題はそのあとの弦楽器のレシタティーボ!一本しかないメロディラインにときどき、必要最小限のハーモニーの支えがあるのみの、本当に単純でウソ偽りのない純粋な心からの告白。じつは、涙が出てしまうのは強烈なコラールの方ではなくて、その後に持ってこられたやさしいレシタティーボのほう。これは使える!「ぼくにはお金もない。名誉も地位もない。だが、君を愛する心だけはだれにも負けない。結婚してくれ!」一発じゃないですか。

われわれヒトは、本当につらく悲しい時には涙も出ない。シベリウスの交響曲第2番には、感情が頂点に達しそうなところで金管楽器全員がいっせいに息を詰めて、次の出をうかがうところがある。わあわあ泣くのではなく、言葉を失う瞬間。ある意味、涙が出るっていうのはホッとしたときに他ならない。信頼している人にきびしくきびしく言われ続けて、ある時ぽっとやさしい言葉をかけられたりしたらどうだろう。(信頼されてなかったら「なんじゃこのおっさん気持ち悪いのう!」で終わってしまうから気をつけるようにしましょう。)ロストロポーヴィチがN響と共演した際、それはちょうど阪神大震災の直後だった。そのときのアンコールでロストロが弾いたバッハの無伴奏のサラバンド、それには親しい人を失った悲しみや、やりばのない怒りを込めながらも、やさしく包み込んでくれるような、なぐさめとあたたかさがあった。カミさんと二人でテレビを見ながらめそめそ泣いたのは、言うまでもない。

(平成15年7月)

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