編曲者・指揮者による解説『マエストロへの道』(第8回)

ベンチのおっちゃん

ショスタコーヴィチ作曲 交響曲第7番「レニングラード」

その8

〜2楽章? あったっけそんなもん!〜

松山ウィンドオーケストラ指揮者 大久保健二

今まで話題を避けてきた楽章がある。第2楽章だ。ぼくは今でもこの楽章がよくわからない。決定打にかける。これまでのように「ぼくはこうだと考える。だから、こう演奏するのだ!」がない。人も死なないし、戦車もごうごういうわけではない。なんだか気の抜けたような、のんびりしたメロディで開始される。その楽想はとびきり美しいとか、大きな仕掛けがあるとか、たとえようもない悲しみにあふれているとか、そんなのは全くない。とってつけたような「存在感の薄い」楽章なのだ。これを書きながら、この楽章の存在意義について考える。

ホルスト作曲、組曲「惑星」をご存じだろうか。この曲のCDをまるいで買い、家まで待ちきれないので、どこから開けるのかわからん透明シートをばりばりに破いて、信号待ちでカーステレオにつっこんで、まず何から聴く?ぼくはまずバカパク「天王星」を聴く。その次にちょんちょんともどって正統派「木星」へ進み、となりの兄ちゃんのロックに負けないように「火星」を聴いたあと、いい演奏だったならぱ「土星」の踏切カンカンまで聴く。そうとう気に入ったら「金星」のホルンがきれいじゃねえ、などと感心しながら「海王星」を聴きながら運転すると、まちがいなく居眠りして事故を起こすので、家に帰って寝ながら聴く。あれ?いっこ聴いてない星があるぞ。

惑星でいえば「水星」、展覧会の絵でいえば「テュイルリーの庭」。そう、存在感が薄い。あってもなくてもおぼえていない。なくてもいいんじやないか?でも、作曲家がわざわざ作曲してるんだから、存在意義があるはずだ。そもそも、最初から順番にちゃんと聴いていれば、自然に聴こえてくるべき曲なのだ。しのごのいわずに、部屋の電気消して真ん中に正座して聴け!ちなみに、CD聴きながらその解説をむさぼり読むのも御法度だ!もちろん聴いたあとで拡大コピーし、スクラップノートNo.34に貼る。さらに表紙には、インターネットで手に入れたお気に入りの作曲家のどアップ写真(シベリウスがいい)が貼りつけてある。おっと、聴く前に、新品についてるCDの「オビ」はちゃんと保管したかね?秘密の大学ノートに蔵書番号「ヘの6228番」とタイトル、演奏家、買った店と担当のオヤジの名前、その日の昼メシの献立、星占いの結果、血圧などを記録したら、聴いてもよろしい。おもしろそうな話題だが、キリがないのでここらへんでゆるしてもらおう。問題はレニングラードの2楽章だ。

ぼくのアレンジでは、第2楽章の最初のメロディを吹くのはクラリネットのソロである。担当するのは中嶋さんという30代後半のやさ男で、ガンコで人見知りがはげしいが、なんせ音楽とリガチャーには妥協しない人で、気に入らないときは気に入らないとはっきりモノをいう。が、いっぺん味方だと認識してもらえたら、兄のようにやさしい(ぼくの兄は生まれて一ケ月ほどで亡くなった)。ずっと前の練習で、このメロディをあまりにも感情を込めてもっちゃりもっちゃりお吹きになりやがるもんだから、「もちっと、さらりと吹いておくれんかなもし」と注文をつけたら、最近は能面みたいに無表情でうすいフレーズになってしまっていた。そこで、「もうちょい歌ってもええんじゃないかな、ええ?兄ちゃん!」と言ったら、しぱらく首をかしげていた。合奏のあとで「結局どう吹けばいいんじゃ」とかみつかれた。

「ここはこう、昔のことを思い出すような。力は入ってないんだけど、ぽつりぽつりと口から言葉が落ちてくるような感じで。気持ちがこもるところは3フレーズか4フレーズにいっぺんぐらい。そう、2回目はときどき言葉につまって、メロディが1拍とんだりするわけ。最後は深いため息をつくように・・・」というふうに、最初からイメージで音楽の話をしてもよかったのだ。それが通じる奏者だ。今は伴奏のバリサクやバスクラが、中嶋さんの感情の起伏にあわせて抑揚をつけるような練習をしている。楽譜にはリタルダンドやクレッシェンドの指示はいっさいない。その一瞬が勝負だ。中間部をカットしたからよけいに短い2楽章だが、演奏者は集中力がいる。

でも、聴いてるお客さんはどうだろう。あの、聴くがわにも高い集中力が要求される第1楽章・・・人類の歴史上一番おろかなことを思い出させる、荒れ狂う戦争行進曲のあとで、いったいぼくだったら、客席で何を考えるだろう。そうだ、もしぼくだったらば、まちがいなく「寝る」。金管後列と打楽器はお呼びでないし、しかしちょっとでも出番のある人は、入るとこがわからなくて指折り数えるか、だれか教えてくれないかな、ときょろきょろしている。そんなかで、なんかおいさんがステージ上でぶつぶつクラリネットを吹いている。第2楽章のメロディ、おぬしならどう歌わすかな?と集中して聴く人は、中嶋さんの奥さんとお子さんだけですなあ。

ぼくは小中学生の頃に、愛媛大学交響楽団の演奏会によく出かけた。でも、ローマの松の第3楽章はやっぱりぐっすり寝られたし、ブルックナーの第三交響曲にいたっては、目はつぶってますが耳はあいてますってゆういいわけを考えついた、最初の曲だ。いいんじゃないかな、途中で寝てしまっても。最後はちゃんと盛り上がって目をさまして、感動して、一生懸命吹いた奏者のために思わず手をたたくんだから。

(平成15年12月)

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