第IV章 演習問題 [9]

直積集合の存在について: 集合 \(A\) と \(B\) が与えられたとする. \(A\cup B=\bigcup\{A,B\}\) であるから和集合 \(A\cup B\) を作ることはできる. \(a\in A\), \(b\in B\) のとき, \(\{a\},\{a,b\}\subset A\cup B\) であるから \(\{a\},\{a,b\}\in\mathcal{P}(A\cup B)\), \(\{\{a\},\{a,b\}\}\subset\mathcal{P}(A\cup B)\) すなわち \(\langle a,b\rangle\subset\mathcal{P}(A\cup B)\) である. そこで \(\langle a,b\rangle\in\mathcal{PP}(A\cup B)\) となり, \(A\times B\subset\mathcal{PP}(A\cup B)\) ということになる. 内包性公理によって集合 \[ \big\{\,x\in\mathcal{PP}(A\cup B)\,:\,\exists a\in A\exists b\in B\,\big(\,x=\langle a,b\rangle\,\big)\,\big\} \]を作ることができるが, これが \(A\times B\) にほかならない. こうして, 直積集合 \(A\times B\) は \(\mathrm{Z}\) 集合論で作ることができる.

本文第I章第6節では, 置換公理は直積集合の存在証明にしか用いられておらず, 順序づけの定義や, 整列順序の構造を明らかにする補題6.1, 6.2や整列集合どうしの比較可能性をいう定理6.3の証明にも, 置換公理は全然必要ない. というのも, 一般に写像(値の対応)のターゲットがあらかじめ集合として定められていれば, 置換公理を用いなくとも, 像集合は内包性公理によって取り出すことができるからである.

同値関係と商集合について: 集合 \(A\) 上の同値関係は直積集合 \(A\times A\) の部分集合であるから, 同値となるための条件が論理式で記述されているかぎり, \(\mathrm{Z}\) 集合論の範囲で自由に定義して使うことができる. いま, 集合 \(A\) 上になにか同値関係 \(E\) が与えられていたとする. 各同値類 \(E_a\) は \[ E_a = \big\{\,x\in A\,:\,\langle a,x\rangle\in E\,\big\} \]によって与えられるので, 内包性公理によって集合として確定する. 同値類の全体としての商集合 \(A/E\) は \[ A/E = \big\{\,C\in\mathcal{P}(A)\,:\,\exists a\in C\forall x\in A(\,x\in C\,\leftrightarrow\,\langle a,x\rangle\in E\,)\,\big\} \]と定められるので, \(\mathrm{Z}\) 集合論で作ることができる.

数のシステムについて: 第I章第11節で略述されているとおり, \(\omega\times\omega\) 上の同値関係 \(E\) を \[ \big\langle\,\langle a,b\rangle,\langle c,d\rangle\,\big\rangle\in E \;\leftrightarrow\; a+d=b+c \]によって定めて商集合 \((\omega\times\omega)/E\) をつくり, その上にしかるべき代数構造と順序構造を指定したのが整数のシステム \(\mathbb{Z}\) である. 同様に \(\mathbb{Z}\times(\mathbb{Z}\setminus\{0\})\) 上に \[ \big\langle\,\langle a,b\rangle,\langle c,d\rangle\,\big\rangle\in E' \;\leftrightarrow\; ad=bc \]によって同値関係 \(E'\) を定めて商集合 \((\mathbb{Z}\times(\mathbb{Z}\setminus\{0\}))/E'\) をつくり, その上にしかるべき演算と大小関係を指定したのが有理数のシステム \(\mathbb{Q}\) である. 実数を \(\mathbb{Q}\) のデデキント切断の下組と同一視すれば, 数直線 \(\mathbb{R}\) は \(\mathcal{P}(\mathbb{Q})\) の部分集合として得られる. 複素数のシステム \(\mathbb{C}\) は, 集合としては \(\mathbb{R}\times\mathbb{R}\) である. このように, 数のシステムは直積と, 同値関係による商集合, 切断の全体, などといった操作をくりかえして作られている. 実数の連続性などの性質の証明において, “実数の任意の集合” のようなものを考える必要はあるが, 探索の範囲を前もって定めずに必要な要素を集めてきて集合を作るような操作はないので, ここまでは \(\mathrm{Z}\) 集合論の範囲を越えない.

いっぽう, \(n\) 次元ユークリッド空間 \(\mathbb{R}^n\) を \(\mathbb{R}\) の \(n\) 個のコピーの直積集合と定義してしまうと, その全体 \[ \mathbb{R},~\mathbb{R}\times\mathbb{R},~(\mathbb{R}\times\mathbb{R})\times\mathbb{R},~((\mathbb{R}\times\mathbb{R})\times\mathbb{R})\times\mathbb{R},~\ldots \] を含む可算集合が \(\mathrm{Z}\) 集合論で定義できないことになる. そのような事態を避けるため, 第I章定義7.21では \(A^n\) を \(n\) から \(A\) への関数全体の集合と定義している. このようにすれば, \(A^n\) の要素は \(\omega\times A\) の部分集合であるから \[ \mathbb{R}^n\subset\mathcal{P}(\omega\times \mathbb{R}), \qquad\Big\{\,\mathbb{R}^n\,:\,n\in\omega\,\Big\}\subset \mathcal{PP}(\omega\times \mathbb{R}) \] となって, ユークリッド空間全体の集合も \(\mathrm{Z}\) 集合論の範囲でその存在が正当化される.

関数について: 実数の区間や平面上の領域を集合として扱うにあたって \(\mathrm{Z}\) 集合論には何の不都合もない. 集合 \(B\) から集合 \(A\) への関数の全体 \({}^BA\) は直積 \(B\times A\) の冪集合 \(\mathcal{P}(B\times A)\) に含まれるから \(\mathrm{Z}\) 集合論の守備範囲内である. したがって, たとえば平面上の領域 \(D\) 上で定義された実数値関数の全体 \({}^D\mathbb{R}\) を考えて, そこから, 連続性なり微分可能性なりの条件でさまざまな関数の集合を抜き出してくることもできる.

この意味での関数とは別の形で問題になるのが, 環や体の上の多項式環や有理式の体などだ. 多項式や有理式を formal expression として捉えると, 集合論の範囲内でどう表現するかが難しい問題になる(→本章第9節&第10節)が, formal expression としての多項式環と同型な構造を集合論的に構成するだけなら, 話は簡単である:

\(A\) を任意の(単位元 \(1_A\) をもつ)環としよう. \(\omega\) から \(A\) への関数 \(f\in{}^\omega A\) のうち, \(f(n)\neq 0_A\) となる番号 \(n\) が有限個しかないものの全体を \(\tilde A\) と書くことにしよう. \(\tilde A\) は \({}^\omega A\) の部分集合である. \(\tilde A\) の要素 \(f\) と \(g\) の和 \(f+g\)と積 \(fg\) を \(A\) での和と積を用いて \[ (f+g)(n)=f(n)+g(n),\qquad (fg)(n)=\sum_{k=0}^nf(k)g(n-k) \] と定義すると, \(\tilde A\) は環になる. 環 \(\tilde A\) の単位元は \[ \tilde 1=(\,1_A,0_A,0_A,0_A,\ldots\,) \] である. より一般に \(A\) の要素 \(a\) を \(\tilde A\) の要素 \[ \tilde a=(\,a,0_A,0_A,0_A,0_A,\ldots,) \] に写すことで \(A\) は \(\tilde A\) に同型に埋め込まれている. ここで特別な要素 \[ X = (\,0_A,1_A,0_A,0_A,0_A,\ldots\,) \] を考えると, 他の要素 \(f\in \tilde A\) は \[ f=f(0)+f(1)X+f(2)X^2+\cdots+f(d)X^d \](ただし \(d=\max\{\,n\,:f(n)\neq 0_A\,\}\) とする) の形に一意的にあらわされることになる. このように与えられた環 \(\tilde A\) を文字 \(X\) にかんする \(A\) 上の多項式環と呼ぶ. 変数の個数が有限個のうちは, この操作の繰り返しで多変数の多項式環を作ることができる. 多項式の変数への他の多項式の代入を定義するのが少々面倒だが, きちんと書こうとすると面倒になるのは formal expression の場合でも同じことである.

まとめ: 要するに, 19世紀とそれ以前の数学の対象はおおむね \(\mathrm{Z}\) 集合論の守備範囲内にある. これにツォルンの補題などの形で利用される選択公理を追加した \(\mathrm{ZC}\) 集合論で, たいていの数学の対象を定式化し, 定理を証明できる. しかしながら, 実際に \(\mathrm{Z}\) 集合論で数学を展開する作業をいまここで行なうわけにもいかない. ブルバキ『数学原論』は本気でそれをやってしまった例である.

ブルバキになる覚悟のないわたくしにはこれくらいしか書けませぬ.

解答者: 藤田 博司 (公開日: 2011年6月15日)

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