て日々

2013年9月


2013年9月30日(月)はれ

後期の開講日。さっそく午前中、三回生向けゼミの初回をやる。生協の学食で昼飯を食ったら大変な混雑だった。学生さんの着てる服なんか、数年のうちにけっこう変わるもんだなあと改めて思った。義父母のところへ行っていた妻子が夕方に戻るというので港まで出迎え、夕食の用意をしてやった。


2013年9月29日(日)はれ

子供らの運動会。天気のことを心配していたが朝から気持ちのよい秋晴れに恵まれた。【娘】にとっては小学校最後の運動会なので、瀬戸内海の向こう岸から義父母がやってきた。昨日ダイキで買った折りたたみ式テーブルセットを車に積み、妻が作った6人分のお弁当(俺も少しは手伝ったぞ)を持って出かける。子供らのダンスも競走も楽しそうだったが、なんといっても、花形競技の「赤白対抗リレー」の選手たちの、まあ速いこと速いこと。スポーツになんの見識もない俺ですら、これにはびっくり感激した。

運動会が終わると義父母は船で山口に戻る。妻が子供を連れて一泊だけ手伝いに戻ることになっている(明日は小学校が代休になるのだ。)船の時刻がぎりぎりだとて、子供らを閉会式の途中で抜けさせなければならなかったのは残念だった。運動会のあとの片付けと語らいの時間は、とくに六年生の【娘】にとっては、お友達と過ごす大切な時間である。義父母がどうしても15時過ぎの伊保田寄港便で帰らなければならなかったとしても、妻子が船の便を一本遅らせて次の柳井行きに乗ることにすれば、子供たちをこんな風にそそくさと退出させる必要はなかったのではないかと思う。けどまあ、いまさらそんなこと言うてもしゃあないな。とにかく家族で楽しい時間を過ごせたので、よしとしよう。俺はひとしきり会場の撤収作業を手伝ってから、電車で帰宅。

やる気のないあひる

話はコロっと変わって「ライフハック」というものについて。

生きていく上で知恵を働かせて生活の質を向上させるのはまことに結構なことだ。だが俺はこの「ライフハック」という言葉には、「まことに結構」の範囲に収まりきらない、なにか胡散臭いものをずっと感じていた。昨晩 mathpicoさん結城浩さん と かけ算の九九について話していて、その胡散臭さの理由がわかった気がしたのだ。

かけ算の九九を暗記することである程度の数の計算を暗算でできるようになっておくこと。われわれの大部分は、小学校で算数を習う過程で、それを実行している。暗算ということがちょっとばかりできる人と少しもできない人とでは、生活の質にとても大きな違いが生まれるだろう。だが、九九を覚えることを「ライフハック」とは呼ばない。他に、文字の読み書きはどうだろうか。キーボードのタッチタイピングはどうだろうか。自動車の運転とか、包丁の研ぎ方とか、楽譜の読み方とか、習得することで生活の質を向上させるものはたくさんある。だが、これらも「ライフハック」とは呼ばれない。その理由は、ずばり「その必要性は誰もが知っている」からだ。

ここに俺の感じる胡散臭さの理由がある。要するに、「ライフハック」というのは、誰でもやっていることから、ちょっとだけ、頭ひとつぶんだけ、抜きんでるためのノウハウなのだ。

「ライフハック」を身につけることで生活の質に差が生まれる。それは他のテクノロジーと同じだし、知ることによって誰でも手に入れることができるのも他のテクノロジーと同じである。手に入れた人がそうでない人に対して優位に立てるのは、テクノロジーやノウハウだけではない。お金も財宝もそうだ。ただし、お金や財宝、たとえば土地や美術品のようなお宝は、基本的に複製ができない。テクノロジーやノウハウがお金やお宝と違うのは、無制限に複製できるという点だ。とはいえ、複製が広く行きわたるまでの短い期間、持つ人と持たない人の落差がある期間には、それらもお金やお宝と同じ意味をもつだろう。どうも、そういう意味でお宝扱いされるノウハウを「ライフハック」というのではないかと思う。

だとしたら、俺はそんなものを有難がるのはイヤだ。無制限に複製可能なテクノロジーやノウハウは、文字通り無制限に複製して万人が共有すればいいと思うからだ。たとえば炊飯器というテクノロジーが万民にゆきわたることによって、鍋釜でご飯を炊くノウハウが失われつつあるように、また自動車というテクノロジーがゆきわたることで地域社会が変質し自動車を持たない人にとってはひたすら不便な世の中になりつつあるように、テクノロジーとノウハウはどうしても(「持たない人」に不利益を集中させるという)負の側面をもつ。この負の側面を、どう乗り越えていけばいいのか。「ライフハック」を云々するかわりに、俺は、この足りない頭で、そのことを考えたい。


2013年9月28日(土)くもり

うちの家族にカダくんをまじえて花園町のカフェ・カバレで昼食。その後、カダくんはわが妻の奨めにしたがって教育学部で開催された何かのカンファレンスへ出向き、俺は家に戻ってひと息入れる。

あすの子供らの運動会には、瀬戸内海を渡って義父母がやってくる。義父母に常備菜をいくつかもって帰ってもらおうと、いつものレンコンのきんぴら、ぶなしめじの佃煮、かみなりこんにゃくの三点セットを作った。近所のコンビニにお酒を買いにいったら、店の前にテントを出して「おでん1品70円均一セール、3個お買い上げで大根を1個サービス」というのをやっていた。妻に知らせたらすぐさま「晩御飯はそれでいこう」という話になり、キンチャク・じゃこ天・こんにゃくを4人分買って、大根を4切れつけてもらった。秋の夜に露店でおでんを買うというのは、地味な中になんとなく華やいだお祭りっぽい気分が混じっていて楽しい。しみじみと幸福感を覚える。


2013年9月27日(金)はれ

数学会4日目。午前中に計算論と集合論それからモデル論の一般講演。午後は会場を移して蓮尾さんの物理系の形式検証システムについての企画特別講演、それから元の会場に戻って池田さんのモデル論の特別講演。フロアを上下するだけとはいえ、2箇所で「司会」をするとは、なかなか慌ただしい。おまけに、昨晩の飲み会が深更に及んだせいで、気力・体力に余裕がない。途中から、最前列で居眠りしていたかもしれない。講演者のみなさん、ごめんなさい。

蓮尾さんの企画特別講演の最中に、俺の手元のiPadが「ちゃらんちゃらんちゃちゃ、すからっちゃーん♪」と着信音を鳴らしたのでびっくりし、かつ恐縮した。iPhoneは当然マナーモードにしていたが、まさかWiFi接続専用のiPadに着信があるとは思わない。家にいる妻がFaceTimeで接続を試みたらしい。次回からこういうときは、iPhoneもiPadもマナーモードかつ「機内モード」にしてネットワークから切り離しておかねばなるまい。

夕方、ピアノのレッスンのあと、数学会現地スタッフのうちあげ。一昨年度卒業生の秀才NMBくんとMDAくんもいる。かの最高学府アズマ大学で大学院生になっているNMBくんから「殿下に会いに松山までいきたいなあって、友達が言ってましたよ」との報告を受けてびっくり。つくばに行ったMDAくんにも「先生はツイッターではもう有名ですよ」と言われる。フォロワー1,100人やそこらでそんなこと言われるのはまったく本意でないが、嫌われているわけでもなさそうなのはひと安心だ。


2013年9月26日(木)はれ

さて、数学会3日目。数学基礎論および歴史分科会のセッションはきょうと明日。日本数学会では、講演会場のお世話係を「司会」と呼ぶ。実際にセッションを取り仕切る役目は「座長」が引き受ける。とはいえ、役割上、司会の俺も最前列で話を聞くし、講演者の目の前にいてしょっちゅう目が合うから、ちゃんと話を聴いていますよ、という姿勢を崩さない。きょうは、午前中に数学史の一般講演。午後は小林龍彦先生の特別講演があって、それから非古典論理学の一般講演がある。関孝和・建部賢弘の武士としての生活と仕事を描きだす小林先生の講演は大変興味ぶかかった。

午後のセッションが済んで、Qちゃん、志村さん、菊池さん、ヨリオカくん、ウスバくん、倉橋くん、堀畑くん、それに俺(さらに夜も更けてからカダくんが参入)というメンバーで「不二子マイケル」で飲む。いやあ、笑った笑った。しかし、昔話と老人どもの繰り言に付き合わされた倉橋くんと堀畑くんがアワレだった。ええっと、わしら老人どもはいろいろ言うておりますが、結婚生活は地獄と決まったものでもありません。気を確かにもって日々を過ごしてください。ご婚約おめでとうございます。>倉橋くん。


2013年9月25日(水)くもり

お昼前に、來來亭でラーメン食っていたら、電話がかかった。数学会の講演会場でMacがプロジェクタにうまくつながらないので見に行ってくれとのこと。急いで食って駆けつけたら、ちょうどプロジェクタの電球の交換をしているところだった。代数学の企画特別講演の準備中なのだが、トラブルの正体は結局よくわからなかった。どうやらMacの問題ではなかったようで、事務の人がプロジェクタの設定を変更して、なんとか解決した。途中でリモコンの変なボタンを俺が操作してしまったため事態が余計混乱したなど、手伝いに行ったのか邪魔しにいったのかわからない。

きょうは一日時間があったので、たっぷり三週間にわたってサボり倒したこの「て日々」の更新を済ませた。今月はなんだか人並みに忙しくて、ついつい日記を先延ばしにしていたのだ。


2013年9月24日(火)はれ

日本数学会秋季総合分科会が始まった。なにせ今回はわが愛媛大学が開催地である。俺は数学会員ではないが、もちろん手伝う。といっても、俺の役目は木曜日と金曜日の第IX会場の世話役であるから、今日と明日は戦力外である。「基礎論分科会」よりも一足早くやってきているヨリオカくんと合流して、数学の議論をする。夕方からは鹿児島のQちゃんを交えて「じぃ家」で飲んだ。ヨリオカくんもQちゃんも先日のゼミ合宿の試みを高く評価してくれていて、なんだかうれしかった。


2013年9月23日(月) 秋分の日はれ

先日届いた『Land of Lisp』を読むにはパソコンに CLISP をインストールしなきゃならん。たしか入院中のMacBook Proには入れてあるが、研究室のWindows PCには入っていない。まあそれは明日にでもインストールしよう。自宅には現在俺が好きに使えるパソコンがない。職場で廃棄予定の古いThinkPad X40にDebianを入れて、それにCLISPを入れてみた。

午前中、エミフル松前のメガネやさんに【娘】の新しい眼鏡を受取に行く。昼飯には、子供らと松前公園でおにぎりを食った。結婚当初住んでいた松前町役場周辺も、14年を経て、少し風景が変わってきたように思う。伊予鉄松前駅から郡中線に乗り、土橋で降りて子どもたちとコミセンの図書館へ。土橋周辺といえば子供らが小さい間俺たちが住んでいたあたりである。期せずして、なんか「懐かしい場所ツアー」になった。


2013年9月22日(日)はれ

朝の電車で大阪へ行き、昨日と今日開催されている「第4回関西すうがく徒のつどい」に、一日だけ参加してきた。「ゼミ合宿講義資料」を5部だけ持っていって、ロジック志向の何人かの参加者にあげてきた。それに、なゆたさんの有限オートマトンについての講演の座長をやってきた。つどい閉会後は、運営&スタッフの打ち上げに名ばかりの顧問として出席。梅田の「珍竹林」で豆腐料理を食って、23時10分発の夜行バスで松山に戻る。


2013年9月21日(土)はれ

算術の形式的体系と計算論の関係について講義資料にうまく書けなかったのがどうにも心残りである。なので、その部分を勉強しなおして増補したい。そのための教材の一つとして、Conrad Barski著 川合史朗訳『Land of Lisp』(オライリー・ジャパン,2013年2月)なる本を買った。英語の原書No Starch Press から出ている。「澱粉なし出版」あるいは「糊なしのアイロンがけ」を意味する版元の名前のとおり、実にざっくばらんなスタイルである。ああ、こんなスタイルの数理論理学の教科書が書けないもんだろうか。数学書とプログラミング関連書のこのスタイルの違いは何だろうか。

LAND OF LISP日本語版のあるページ


2013年9月20日(金)はれ

ゼミ合宿もLaTeXチュートリアルも無事に終わり、iPadとiPhoneのiOS7への移行もできたので、もう安心してMacBook Proを修理に出せる。昨年くらいから少しずつトラックパッドがせり上がってきていて、クリック動作にどうにも支障をきたすようになったのだ。Facebookでそのようにぼやいていたら、ニューヨーク在住の作曲家ゆーこさんがコメントをくれた。彼女のMacBookも一度同じような症状に見舞われたことがあるそうで、修理に出したところ、原因はバッテリーの膨張ということだった。俺のケースもそのあたりを疑っている。修理中は不便だが、しばらくWindows PCとiOSデバイスでしのぐことにしよう。


2013年9月19日(木)はれ

午後、来週われらが愛媛大学で開かれる日本数学会秋季総合分科会の、スタッフ説明会があるのだが、俺は途中からTeXのチュートリアルのために抜けなければならない。

TeX講座の二人の受講者は生物系・医療系とのこと。数学などなど特別な専攻分野でなければ、ヘヴィな数式をごりごり書く必要はないだろうし、その必要のある分野の人は大学院生の段階でTeXをマスターしているはずだ。なので、数式の入力よりも表組みと図版の取り込みについての説明に時間をさき。それから、Beamerによるスライド作成のイロハを話した。インストールに思いのほか手間取ったので、予定を30分以上もオーバーしてしまったが、どうにか必要最小限の情報はお伝えできたと思う。詳細な使い方は3時間のチュートリアルでマスターできるはずもないので、リファレンスとして使える本を何か手元に置くようにと、奥村本(奥村晴彦著『改訂第5版 LaTeX2ε美文書作成入門』技術評論社2010年)を紹介。


2013年9月18日(水)はれ

明日にはテニュアトラック研究員向けのLaTeXのチュートリアルという業務がある。受講者は二人。おそらくパソコンにTeXシステムをインストールしてはいないだろう。まずインストールをしてもらわないといけない。一応はWindowsとMacの両方のインストールをためそうと思って、TeX Live 2013を自分のMacBook ProとWindows PCにインストールした。ネットワーク経由のインストールで、けっこう時間がかかったが、必要なものがひととおり揃っているので安心だ。奥村本のバイナリは2009年版でそろそろ古くなってきたので、普段使いのTeXシステムも TeX Live 2013に替えることにする。


2013年9月17日(火)はれ

講義資料の残部などなどは後ほど母に宅配便で送ってもらうことにして、松山へ帰ることにする。岡山でままかり鮨を買ってしおかぜ車内で食ったりしつつ、14時20分には松山に到着。


2013年9月16日(月) 敬老の日はれ

ゼミ合宿最終日。メタ理論の算術化について論じて、どうにか第一不完全性定理の証明まで話すことができた。

午前のうちに雨は止んだが、かなりの被害が出たようだ。合宿は昼までで終わり、12時30分には会場を出発しているはずだったのだが、土砂崩れや川の増水のおかげで、国道162号線をはじめとする周辺の道路が通行止め。JR山陰線も京都~園部間が不通である。国道9号線に抜ける道の通行止めが解除されるまで1時間半ほど待って出発する。途中の川や田畑がなかなかヒドイ有様になっている。

午後2時ごろ、京北町の桂川上流
来るときには清かな渓流と見えた桂川上流の流れも
川辺の木々を押し流さんばかりの恐るべき濁流になった

結局、京都縦貫道経由で桂から京都入りし、午後4時すぎにJR京都駅で解散した。山陰線が不通では二条駅に行っても仕方がないからと、行き先を変更していただいたのだ。本当なら運営を手伝ってくれた人たちを実家の近所の寺院めぐり(妙心寺・等持院・龍安寺など)に連れて行きたかったのだが、この時間からではどうしようもない。せめてちょっとだけでも観光しようと、散歩がてら西本願寺にお参りし、それからアバンティの銀座ライオンで「スタッフ打ち上げ」をした。夜も更け、それなりに飲み食いして帰ろうという時間になっても、まだ山陰線は運転を再開していなかった。夜9時すぎに実家に戻り、すぐに荷物を片付けて収支決算書を書く。


2013年9月15日(日)あめ

ゼミ合宿2日め。一日中雨模様である。算術の体系や再帰的函数についての講義と演習。

自然数の有限列のコード化には、原典では素因数分解を使うのだが、思い立って2進数展開を使うように変えた。幸いこのトピックには興味をもってもらえたようだ。

娯楽要素を排除すると事前に宣言している合宿のために連休を割いてわざわざ山奥まで来ようというだけあって、参加者はみんな、講義にも演習にも実に熱心に取り組んでくれる。それだけに、こちらの盲点を突かれるような質問も出るし、講義資料の誤植や説明不足も続々と指摘される。ありがたい話である。

夜はかなり強く降った。あとで聞いたら、京都では数十年ぶりの大雨で、桂川が氾濫するおそれすらあったという。えらいこっちゃ。


2013年9月14日(土)くもり

ゼミ合宿初日。本当にみんな来てくれるんだろうかと心配だったのだが、一人だけ都合で来れなくなった他は、みんなちゃんと時間までに集合場所のJR二条駅に集まってくれた。そこから送迎バスで国道162号線を1時間のドライブ。会場は京北の京都府立ゼミナールハウスだ。丹波の山の中の研修施設で、ここへ入ってしまうと他へ行くところがない。100ページも書いてしまった講義資料の内容を全部語ることはどだい無理なので、要点をかいつまんで示し、夜の部の演習で参加者にそれぞれのペースで勉強してもらう。それですら、導入部に時間をとりすぎて、途中から慌てぎみになった。

ぺんぎんみたいなポット

俺が宿泊した講師室に備えられていた電気ポットがなんだか可愛かったので、研究室の改装にあわせて職場で今度買ってもらうやつもこれにしようと思う。


2013年9月13日(金)はれ

朝のうちに講義資料が届いた。こりゃたしかになかなかの分量だ。

講義資料の山

午後、河原町から四条通近辺をうろうろしつつ、ホワイトボードマーカーなどの消耗品を買う。「物資調達のため出かけます」とツイートするつもりが「ぶっしちょうたつのため」とひらがなになってしまったので、フォロワーから「合宿会場で仏像を彫ってもらってみんなで拝むのでしょうか(違)」とツッコミが入った。こちらからの返事は当然「快慶係。」だ。夜は明日の講義内容の整理をしようとメモを作る。不安のためどうにもテンションが上がりきってしまって、途中から情緒不安定気味になってきたので、準備を中断して仏さんに手をあわせる。亡父の遺影の前で合掌して「自分のためでなく、人のために身体を動かせますように。世の中のために働けますように。」とお祈りをする。


2013年9月12日(木)はれ

研究集会最後のWuさんの講演は大変興味深かった。不可算正則基数 \(\kappa\) の非定常イデアルが \(H(\kappa^+)\) 上で \(\Delta_1\) 定義可能になることの無矛盾性をめぐる話である。非定常イデアルは \(H(\kappa^+)\) の \(\Sigma_1\) 定義可能な部分クラスであり、一般には \(\Pi_1\) 定義可能にはならないのだが、そうなるケースを強制法で実現できるという話。集合論の中で計算論っぽい観点からのアプローチを試みる、サイ先生率いるウィーン学派らしい内容だ。

とはいえ、俺としてはむしろ非定常イデアルが \(\Delta_1\) でない \(\Sigma_1\) になるという「ふつうの」状況のほうに興味をひかれる。その場合、非定常性は \(H(\kappa^+)\) 上 \(\Sigma_1\)-completeになるのだろうか。それとも、「中間の次数」をもつことになるのだろうか。

夜はヨリオカくんカダくんと3人で東洞院六角あたりの居酒屋で飲み食い。雰囲気のいい店だったのでまた行くことにしたい。

印刷屋さんから、講義資料は刷り上がってみるとけっこうな重さなので、やっぱり宅配便で送ったほうがえんとちゃうかという問い合わせがあったので、お言葉に甘えて実家へ届けてもらうことにした。昼のうちにわかっていたら、会場に届けてもらうように話をつけることもできたのだが、夕方に連絡をいただいたことなのでこれは仕方がない。送迎バスの来る集合場所までは、実家からタクシーで乗りつけることにしよう。


2013年9月11日(水)はれ

朝、まず郵便局と銀行に行って、印刷費の振り込みを済ませる。熊野神社前のからふね屋でコーヒーを飲んで一息いれたあと、RIMSへ行って、今日もいたって真面目に講演を聴く。昼飯はお約束で天下一品。James CummingsさんLaura Fontanellaさんと同席だったので、日本人の独特の宗教意識について少し話した。いやあ。久々に英語をしゃべった気がする。夜は懇親会。会場は木屋町の「がんこ高瀬川二条苑」というところで、角倉了以ゆかりの古い日本家屋を利用した大きな料理屋である。食事は本格的な日本料理のコースだった。俺とカダくんと薄葉くんが三人がかりでLauraさんに折り鶴の作り方を伝授した。ビールと日本酒の組み合わせで少々悪酔いしたので、今夜はタクシーで帰宅。


2013年9月10日(火)はれ

RIMSに行き、研究集会の会場へ行ってエントリーし、いたって真面目に講演を聴く。火曜日は天下一品がお休みなので、昼飯には百万遍のスパイシーでカレーを食う。宮元さん、カダくん、俺、薄葉くん、というメンバーだ。

河原町御池のアイリッシュパブ

セッション終了後は、カダくんと二条通を歩き、河原町御池のアイリッシュパブ「ダブリン」でギネスを飲みつつ四方山な話をする。


2013年9月9日(月)はれ

結局、脱稿した講義資料の原稿は山形さんに紹介してもらった業者に頼むことにしてメールで入稿する。きょう入稿して、仕上がりは金曜日になるという。ぎりぎりの日程である。RIMSの研究集会は木曜日までで終わり、さいわい金曜日はいちにちゼミ合宿の準備に充てられる。なので、仕上がった印刷物については、宅配便扱いを頼まず、新大阪駅まで受け取りに行くことにした。印刷の発注を済ませてから電車に乗ったので京都についたのが午後3時半。いまから京大に回っても研究集会の今日のセッションは最後の講演に間に合うかどうかというところだ。それで、いつものアバンティブックセンターに寄ったあと、実家に直行することに。アバンティブックセンターでは松原康夫『記号論理学入門』(創成社2006年)という本と、岩波文庫版の「保元物語」「平治物語」を買った。

途中の岡山駅で乗り換え待ちの間に会場に電話して問い合わせた所では、ゼミ室にホワイトボードが1枚しかないという話だったので「紙のホワイトボード」なるものを急遽アマゾンで注文。A1サイズのツルツルの厚紙である。これを壁に10枚も貼っておけば、よもや板書スペースが不足することはあるまいという算段。実家は留守がちなのでコンビニ受け取りを利用。便利な時代になったものだ。

関係ないけど今朝4時20分ごろの妻の寝言「なにかあったときというのは具体的にどんなことを想定されてますか?」このように妻は非常にしばしば寝ながら仕事口調で話をする。


2013年9月8日(日)はれ

なんだか2020年のオリンピックが東京で開催されることに決まったそうで、それはそれでまことに結構なのだけど、どうせならもう1回だけ遅らせ2024年開催にしてくれたら、俺の還暦祝いになってより一層結構だったのにと思う俺は1964年の東京五輪の年の生まれの今年49歳。

まことに結構というところで、話はころっと変わるが、このごろは「いいです」とか「結構です」は拒絶のニュアンスを含む言葉と受け取られるらしい。受容の意思を伝えるには「大丈夫です」とか言わないといけないらしい。言葉は生き物だから仕方がない。だが体調を気遣ってもらっているでもないときに「大丈夫です」なんて、俺は使いたくないなあ。そして、もう一世代の後には、この「大丈夫です」が拒絶のニュアンスを伝えるようになるに決まっている。そのとき受容のミュアンスを伝えるにはどういう言葉が使われるようになるのだろう。興味はあるが、それを知るまで俺が生きていられるとも思えない。


2013年9月7日(土)はれ

昨日から妻が東京へ仕事がらみで研修に行っている。俺は子供の面倒を見なければならん。これがために今週島根県の松江で開催されていたトポロジーの国際研究集会をキャンセルしたのだが、原稿書きの進捗や印刷の手配などを考えると、たとえ妻の出張がなくとも、とてものことに松江まで行っている場合ではなかった。

全然別の話。子供らがいまEテレの「歴史にドキリ」にハマっている。その番組名を耳にするたびに俺は「二度きりて何や。歴史は一度きりやんけ」と思っていたのだけれど、さきほど、頭ン中にちっこいカール・マルクスが出てきて「二度目は茶番やんけ」とうまいことを言うていったので、今度から俺もそう言うことにする。


2013年9月6日(金)はれ

原稿書きのゴールが見えてきたので、印刷の心配をしないといけない。松山で書いても使うのは京都である。100ページほどの原稿を30人に配るので、ちょっとした分量になる。松山で印刷して宅配便で京都へ送るのも一手なのだが、来週は京都大学のRIMSで集合論の研究集会があるから、その手が使えない。昨年まで兄が京都で印刷屋に務めていたので安心していたのだが、念のため実家の母に確認したところ、兄が最近職場を替わったとかで、これも頼めない。どうしたもんかねえとスタッフMLで相談したら、山形さんがオンライン入稿できる大阪の印刷屋さんをみつけてくれた。なるほどこのごろはそういう手もある。自分でも調べてみよう。

今夜は妻がいない。ピアノレッスンに【息子】を連れていった。【娘】は書店でレッスンが済むのを待つという。レッスン後は書店で合流し、電車でフジグラン松山へいって夕食。


2013年9月5日(木)はれ

原始再帰的函数が算術の形式的体系で表現可能となることを証明するためには「ベータ式」を使う。算術の形式的体系には「数の有限列」に直接言及する方法がないので、その代替手段として使われるのがベータ式だ。これはいわゆる“中国風の剰余定理”(Chinese Remainder Theorem) の応用で、互いに素で十分に大きい整数を必要な個数だけ用意できるなら、整数のどんな有限列でも、連立合同式の解という形で一つの整数に代理させることができる。この連立合同式の解からもとの有限列の項を復元するのがベータ式の役目で、ベータ式さえ形式的体系で定義できれば、任意の長さの有限列を一定の数(今回の場合は2個)のパラメータで表現したことになる。誰が思いついたのか知らんが天才的にうまい方法だ。

このアイデアそのものは明快なのだが、しかし一般に原始再帰的定義をベータ式で表現するのは、行きあたりばったりに書いていたのでは、記法がぐちゃぐちゃしてけっこう難しくなる。昨日「どうしても書けない」と言ったのはこれのことだ。ここは本論全体の中で鍵となる重要なステップなので、なんとかせねばならんのだけど、そろそろ時間も能力も底をつきそうだ。とにかく概略こういう筋ですよ、ということだけでも書いて「まがりなりにもトンネル開通」という状態にする。


2013年9月4日(水)はれ

引き続き講義資料を書く。第3章の計算論を書くが、原始再帰的函数が形式的体系において表現可能であることの証明がどうしても書けなくて泣きたくなる。どうしても書けない時に「書けない!書けないぞぉ!」と壁に頭を打ち付けても書けるようになるわけではなくただ頭が痛くなるだけなので、そこはひとまずおいて、第1章の赤入れをした。ついで深夜まで第4章を読み返す。

\((A\rightarrow\neg B)\rightarrow(B\rightarrow\neg A)\) という命題論理のトートロジーに「俺はお前じゃないの補題」という名前をひそかにつけたが、そんなことは講義資料には書かない。今回の演繹体系では、これがすぐさま“または”の交換法則になる。\(A\rightarrow(A\rightarrow B)\) から \(A\rightarrow B\) を導く推論には「一度言えばわかるの法則」という名前をつけたが、この推論法則自体、他で使うでもないので講義資料に書かないことにしてしまった。そういうのは演習問題に入れたらいいのかもしれないけど。


2013年9月3日(火)くもり

午前中にいつもの散髪屋にいって再び坊主にしてもらう。昼になったので、その足で松山農協の食堂にいく。かけそばの大盛りを食ったら本当に大盛りだった。


2013年9月2日(月)あめ

仮オフィスは閑静で仕事がはかどって、まことにけっこう。懸案だった構文論を大急ぎで書き終える。夕方、ハンコ屋にオーダーしてあったスタンプを受け取りに行き、その足で、家の近くのカフェに移動。ソイラテを飲みながら、今度は計算論の部分の構想を練る。少し疲れてきた頃合いに、外の雨の様子を見ようと眼鏡をかけ、おまけに店内をぐるっと見回したら、その拍子に後ろの席の美少女さんとばっちり目が合ってしまったのは、なんというか、申しわけないことをした気がした。俺のほうは眼福眼福とか言ってりゃいいが、先方としては気味わるかったに違いない。まあ、小さなことではあるが。それと、ハンコ屋で受けとったスタンプを試しにメモ用紙に押してみて、自分が発注ミスをしていたことにようやく気付いた。どうもいかん。疲れが溜まっているようだ。カフェのレジのところに「ジンジャーマン」とテディベアの形のクッキーが売られていて、これは妻が喜ぶに違いないと思ったのだが、そんなこんなで、買うのを忘れて帰ってきてしまった。

帰宅後、7月頭にぼんてんぴょんから届いていたペアノ算術についての稿に関するコメントをPDFファイルに注釈として書き込む作業をし、そのあと計算論について書きはじめる。最初の部分はまあだいたい決まった内容なので一気呵成に書くのだが、それなりに時間はかかり、日付が3日になって午前3時前くらいにようやく一段落。俺ごときに言われたくないと思う人も多かろうが、「機織りをする鶴女房」の気持ちが少しだけわかりかけるこのごろ。


2013年9月1日(日)あめ

朝飯のチャーハンと昼飯のラーメンを作ったが、どっちもあまりうまくなかった。まあ、そういう日もある。